夜、家の前の道を下っていく。街灯があまりないため月明かりと手元のタブレットの明かりに頼る。ヒールの高い靴で一日中立ち続けたように、足指の付け根の部分が歩くたび痛み、連動して頭痛もしていた。大きな道に合流したところで足の痛みが限界に達し、家の方角に引き返す。ふわふわとクッションのような緩衝材が右側に舗装されていてそこを歩くと痛みも和らぐが、10mほどで途切れているためそれから先はコンクリートをだましだまし進まなければならない。黒い犬がこちらに向かって歩いてくる。大きな犬だ。こちらにゆっくりと近づいてくる。よくよく見ると目が一つだけ顔の真ん中についていて、白目の部分が光っている。また、おもちゃみたいな黒い半透明の羽が背中に取りつけられ、昆虫のようなシルエットをしている。犬はこちらを通り過ぎ、なにかを見つけて遊んでいる。暗がりなのでよく見えない。害はないかと緩衝材を通り過ぎるとコンクリートの跳ね返った靴音に犬が気付き、距離を詰められた。どうやら顔にマスクをつけられているようで、一つ目なのもそのマスクの模様らしい。境目が分からないほど顔に被り物が密着している。恐ろしくなって手元のタブレットとなにか小さな箱を前方に投げる。落ちる音に反応し、犬がそちらに向かう。その様子を動けず見つめていると、道の前の角からクラシカルなメイド服を着た女が出てきた。ヒールの音がこつこつ響き、犬の意識がそちらに向く。近づいていく。先ほどから犬は吠えるどころか呼吸音さえ立てない。夜半で家々も静まりかえっている。狭まっていく距離に、女は無頓着なのか気づかないのか反応がない。痛む足をこらえゆっくりと進み、女とすれ違う。女と視線が合うことはなく、犬の一つの大きな目もどこを見ているのか定かでない。ついに犬が女性の真後ろに控えたのを横目にしたが、通り過ぎてからはもう振り向かないよう歩いた。どんな音が聞こえても振り向いてはいけない。